

バンドサウンドを志向するDTMerやエンジニア志望の方は必読。ボブ・クリアマウンテンやマイケル・ブラウアー、この記事に登場するエディ・クレイマー。音にこだわるバンドマン同士の会話に普通に登場してくる、これらの名前を知らないならエンジニア失格です。
ロックギターの生まれた場所
いわゆるギターの名盤というアルバムが多く生み出された1960年代当時、ビートルズのAbbey Roadと双璧をなすイギリスの音楽スタジオといえば、やはりEddie KramerやGlyn Johnsがエンジニアを務めていたオリンピックスタジオ。
当時のAbbey Roadが頭こちこちの技術者集団に支配されていて、数値やマニュアルありきで音など二の次だったというのは一部マニアには有名な話ですが、対するオリンピックスタジオはミュージシャンに支配され、実験的なサウンドが数多く生み出されました。
The Rolling Stones「Let it Bleed」、Jimi Hendrix「AXIS」、Led Zeppelin「Ⅰ」等、ロックの名盤を数多く送り出したこのスタジオのサウンド、その要となっていたのが「Helios」という名のコンソール。
Heliosという名のコンソール
厳密には、1965年オリンピックスタジオ用にカスタムメイドされたコンソールをオリジナルとして、その設計者が独立、1969年に会社を興したものが「Helios」社。Heliosという言葉そのものはギリシャ神話に登場する太陽神ですが、そのサウンドへの評判を聞きつけ、Eric Claptonのスタジオ等にも導入され、ロックギターの咆哮する時代への扉を蹴破るように開いていきました。
2018年あたりに、Led Zeppelinの使用したコンソールとして売りに出されたのもこのコンソール。日本では埼玉県の「WAGNUS.」というレーベルが実機を所有しているそうな。
69 Typeとも呼ばれコンソールの傑作として誉れ高い「Black Helios」やそれよりも歪みにくい「Red Helios」等、いくらかのバリエーションはありますが、そのサウンドに、同じイギリス製ながらNeve程の重みや粘りはなく、ナチュラルな音質。しかし、インプットを突っ込んでいくと現れる、ほとばしる様なミッドの出方と貫くような高域に特徴を持ちます。
ボーカルや声素材にはNeveが最強であるというのは私も大いに認めるところですが、リズムギターやドラムのOH/アンビエンスなどに関しては通常NeveよりもHeliosのほうが好み。特に私の個人的見解として、自分のリグである歪ませたシングルコイル/P90のギターに1073だとネバっとしすぎて、せっかくのパンチ/アタック感をやや奪う印象。これはこれでリードトーンには気持ちがいいのですが、リズムトーンではせっかく刻んでもカッティングしてもベタっとされてしまうと気分が乗りません。
HLSの質感
このHeliosコンソールのWaves社製モデリング「Kramer HLS Channel」は、Olympic Studioの実際のエンジニアであり、現在でも一線で活躍する「生ける伝説」である「Eddie Kramer」氏全面監修のもと
- タムやアンビエンス等ドラム全般、オープンでジューシーなサウンドを求めてボーカルにも通すのが私のお気に入りなPIEコンプレッサ
- サチュレーションは当然として、テープディレイのモデリングが見事なAmpex 350テープレコーダー/Kramer Master Tape
とともに、「TAPE TUBES & TRANSISTORS」バンドルに収録されています。
さて、HLS Channelは通すだけで僅かに歪プラグインを通したが如くざらざらと粒のような質感を付与し、これが本当に、ドラムや歪んだギター/ベース等のバンド楽器と相性抜群。
言葉だけ聞くと古臭いサウンドと思われるかもしれませんが、そもそも現代的な音楽はそこから派生しているわけで、それこそがいつの時代でも「いい音の定番」なサウンドなわけです。
EQセクション
EQポイントがギター/ベースやドラム等バンド楽器に最適化されており、SSL等後年のコンソールより自由度は低い分容易に良い音が得られます。選択可能なレンジ的には
ハイレンジは10kHz固定で4dB刻みのカット/ブースト |
ミッドレンジバンドが700Hz、1kHz、2kHz、2.8kHz、3.5kHz、4.5kHz、6kHz。 |
ローレンジが60Hz、120Hz、250Hz、400Hzのブースト |
または50Hz地点での3dB刻みシェルフカット |
少ない……と思った方。あなたは間違っていますよ。スネアには250Hzのブースト、キックに60Hzのブースト、ボーカルに1kHzのブースト。全部できます……これ以上要りますか?
忘れるなかれ、これは「音を創る為のEQ」であり、そもそも「バランスを取るためのEQ」ではありません。それはQを可変できるSSL等の仕事。EQの利きはかなり良く、本機で「抜けの悪い音」を作ることは不可能、どんな設定でも鮮烈なハイミッドの主張はなくならず、勝手に格好いい音になります(笑)
それこそが名機たる所以、一部具体例を紹介しますと
シンセやアコースティックギター等に「煌めき」を付与したい場合
本機の10kHzレンジがうってつけです。
その際には、ミッドレンジバンドで3-5か4-5を少し抑えてやると耳当たりをよくしつつも煌めきを付与できます。この際は、「PK」「TR」をTR側に倒すだけで(ゲインを変更しなくても)わずかにカットがなされます。ゲインを操作せずEQポイントを変えるだけで所謂「肩特性」のような形で、それだけでわずかにブースト/カットされているものと思われますが、この結果得られるサウンドがまた絶品。
このテクニックのおすすめは
歪んだギターに60Hzのゲインゼロ
ファットになりつつ一切ローが緩まない、ブリリアント!ついでに2-8あたりをブーストすると、完全に往年のロックギターサウンドそのものになります。
総括
かつてこの卓の前に座っていたEddie Kramerその人が監修したプラグイン、その完成度も素晴らしい。
WAVESのアナログモデリング全般に言えることですが、Eddie KramerやCLA、PuigTecなど、名ミキサーとコラボした製品はどれも有用です。かかり方しかり質感しかり、「ああ、これ、こんな音!」という感覚にたどり着くまでの時間が本当に早い。
UAD-2プラットフォームにも69 Helios EQ&Preamp CollectionとしてHelios社として制作されたバージョンのモデリングが存在しています。こちらはUnisonによって「マイクプリ含むモジュールそのもの」のサウンドを体感できます。「そのもの」という実機への忠実さではUAD-2やBrainworx、Softube(ともにUAD-2プラグインの実際の開発元です)などに敵いませんが、「誰がどう使っても簡単かつ限りなくそれっぽく」仕上がるというのはWAVES社製品の特徴だと思います。